命令。

艦内においてシン・アスカの武器類の所持を禁止する。










+俺はこの人を殺せない+










誰が見ても、今の俺は不機嫌だろう。
実際、かなり不機嫌だ。
苛立ちも憤りも最高潮。

同じ艦内に殺したいほど憎い奴が居るのに、殺すことが出来ない。


白いボディ、青い翼。
伝説みたいな機体、フリーダム。
そのパイロットが、それに乗って目の前に現れたのだ。

そして、アスランさんの頼みで、仲間が迎えに来るまで一時的にこのミネルバに滞在することになった。
・・・詳しい事情はよく知らない。


あいつの着艦早々、怒りに任せて発砲したのはやっぱりまずかった。
左腕に、怪我も負わせた。
そのせいで、艦長命令で銃とか取り上げられるし・・・。


アスランさんの友人だかなんだか知らないけど、許せるはずがない。

俺はあいつに奪われたんだ。
何もかも。










++++++++++++++++++++++++++++++










さぁ、と風を感じた。
何事かと思えば、甲板に通じるドアが開いている。
誰かが閉め忘れたのだろうか。


そこから外をのぞいてみると、【あいつ】がいた。


風に流れる、長めの茶の髪。
ザフトの軍服とは、まったく違う服装。
何故かその肩にとまっている、緑色の物体。

見間違えようのないその姿が、デッキに座り込んでいた。


海を眺めているのだろうか。
位置的に背中の方にいる俺に気付きもしない。


・・・これは、チャンスだ。
気付かれないように後ろから近付いて首を絞めれば、絞め殺せるかもしれない。

そう思ったら、即行動だった。
アカデミーで習ったように気配を消して、ゆっくりと標的に近付く。


後数歩。

いける。


そう思った時だった。


『トリィ』

「!? う、わっ!」


突然、その肩にとまっていた緑の物体   どうも鳥型ロボットらしい   が俺目掛けて飛んできた。
驚いて、思わず声を出してしまった。

しまった、と思った時にはもう遅くて、そいつは俺の方を見ていた。
座ったまま、見上げるような形で。


大き目の紫の瞳を、心のどこかで綺麗だと思った。


綺麗な眼をした殺人者?
なんて釣り合わないのだろう。

ぼけっとそんな思考にとらわれていると、そいつが声をかけてきた。


「ごめんね。トリィが驚かせちゃったかな」

「べ、別に・・・」


実際はかなり驚いたのだけれど、微笑みながら言うそいつに、意地を張った。





・・・微笑みながら?





「そう? ならいいんだけど」


やっぱり微笑んでる。
すごく綺麗に微笑んでる。

俺に対して。


ふと、肩に重みを感じて視線をやると、そこにはさっきの鳥型ロボット。
控えめに笑う声が聞こえて、視線を戻した。


「トリィは、君が気に入ったのかな」


・・・気に入ったもなにも、ロボットにそんな感覚があるのかどうか。
ない気がするけど。

それよりも、さっきから気になっている事があって、そっちに意識が行く。


「・・・あんた、なんで」

「突っ立ってないで、座ったら?」


遮られて、促された。
わかっていてやっているようにも思える。
むっとしつつも、油断した隙に殺す事も出来るんじゃないかと考えて、右斜め後ろくらいに座った。


「・・・なんでそんな微妙な位置を陣取るかな・・・」

「俺の勝手だ」


突っぱねるような答えに、さして関心無さそうに「ふーん」と呟いただけ。
俺の肩にとまっていた鳥型ロボットが、短い距離を移動して、元の位置に戻る。


「・・・あんた、なんで」

「風がきもちーね」


また、遮って。
今度は意味不明・・・でもないけど、あまり脈絡があるとは思えない言葉を発する。

・・・やっぱり、意図しているのか?

そう思い、別の話題を振ってみようと考えた。
何かないものか。
と、視界に入った、例の鳥型ロボットを見て、これでいいや、と話を切り出す。


「いつも持ち歩いてるのか?」

「え?」

「そのロボット」

「ああ、うん。連れてるよ」


さっきから、なんだかこのロボットが生きているかのように話してくる。
そりゃぁ、確かにさっきはあまりに良すぎるタイミングに驚かされたけど。


「なんで?」


話を繋げるための、質問。
それだけだった。


なのに、そいつは微笑を消して、真顔で俺を見るんだ。
何の感情も読みとれない。
ただ、真っ直ぐに俺を見る、その紫が。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ただ、綺麗だと。





「ダメだよ」

「え・・・」

「君は僕が憎い。僕を殺したいと思っている。
 そんな相手である僕に、そんなことを聞いちゃいけない」

「どう、いう・・・」


その言葉の意味を受け止めきれず、半ば呆然と問い返す。
問い返しきれてないけど。

すると、そいつはまたさっきと同じように微笑んで、


「・・・僕もいけなかった。本当は、『座って』なんて言っちゃいけなかったんだ。ごめんね」


そいつはすっと立ち上がって、艦内に入っていこうとする。


横を通り過ぎるその足を、掴んだ。
ほとんど無意識で。


「ぅわ!?」



どたん



「あ・・・」


別にそいつを転ばせたかったとかそんなんじゃない。
床に顔面をぶつけさせたかったわけでもない。
断じて違う。

ちなみに、鳥型ロボットのトリィとやらは、高く飛んで好き勝手に旋回している。


「わ、悪い・・・だいじょう、ぶ・・・」


大丈夫か?
そう続けようと思っていた。


ありえない。
ありえなさすぎる。

なんで俺、こいつに謝ってんだ?
なんで俺、こいつの心配してんだ?

なんで・・・


答えのない迷宮にはまったみたいに、そのまま固まってしまった。
そいつは少し赤くなった鼻をおさえて、俺を見て、哀しそうに笑う。


「・・・こうなっちゃ、いけなかったのに・・・ね。本当に、ごめん」

「・・・だから、なにが・・・」


そう聞くだけで精一杯で。


「これで、僕が君に殺されれば、君の心に深い深い傷ができてしまう」


その言葉の意味も、やっぱり受け止め切れなかった。

・・・わからない、こいつ。
ただ、ようやく一個だけわかった。





「・・・あんた・・・俺に殺されてもいいって・・・もしかして、思ってたのか?」





さっきから、わからなかった。


俺はこいつに向かって銃を撃った。
こいつは、左腕を負傷したんだ。
どれだけ鈍いやつでも、あんなことをされれば自分が憎まれているって気付くはずだ。


なのにこいつは【微笑んだ】。

気付いていながら【微笑んだ】んだ。

・・・俺を、警戒すらしなかった。


脅えて逃げろよ。
それか俺を返り討ちにしてみろよ。


なんで、なんで・・・


「・・・君の事は、一応、アスランから聞いてるから」





なんでそんなにやわらかく微笑むんだよ・・・





「・・・ふざけるなっ・・・あんた死にたくないとか思わないのかよ!?」


力任せに、襟首を掴む。
そいつは動じた様子を少しも見せないで、淡々と。

だけど、視線が下に行っていた俺は、見た。





「・・・死にたいって、思ってるわけじゃない。
ただ、生きのびる時は生きのびるし、死ぬ時は死ぬ。それだけだよ」





・・・その手が、耐えるように拳を握った事。





それを見なければ、それがこいつの考え方なんだ。
そう思って、殴れたかもしれない。
だけど、わかってしまったから。


俺は勢いに任せて、飛び掛った。


「わっ・・・」



ゴン



・・・痛そうな音がした。


「〜っ・・・」


そいつは頭に手をやり、痛みに耐えるように声を漏らした。


俺の視界は、そいつの顔と、灰色の床。
きっと、こいつの視界には、俺と、赤みがかってきた空。


「・・・嘘だろ・・・?」

「な、なにが・・・?」

「さっきの、嘘だろ?」

「・・・なんで?」


その疑問には、答えない。

なんで、なんて。
理由を言葉に出来れば、苦労しない。


「本音隠して、あんた何がしたいんだよ!?」


縋るように、叫ぶ。


「言えよっ・・・言ってくれよ!」


マユは、まだ小さかった。
生きて、大きくなって、やりたいこと、まだまだたくさんあったと思う。
そんな未来を奪ったこいつを、許せやしない。

俺から、幸せの全てだった家族を奪ったこいつを、許すなんて・・・。


だけど。
生きたくても生きれなかった人間が死んで、生きれた人間が生きようとしないなんて、もっと許せなくて。


・・・いいや、違うのかも。





「・・・痛いんだよ・・・なんでこんな痛いのか俺もわかんないけど、痛いんだよ、それ!!」





手が?

頭が?

胸が?





・・・心が。





興奮しすぎて、涙が出てきた。
でも、目の前の男を逃がさないように床に手をついているから、拭えない。


そっと、触れる温もり。
ああ、こんなにも優しく感じるのは、いったいいつ以来だろう。


「・・・ごめんね。本当に、ごめん・・・」

「言えよっ・・・」

「・・・言えない」

「なんで!」

「言ったら更に、君を傷つける。僕を知ることは、君には傷にしかならない」


馬鹿みたいだ。
自分を殺そうとした相手の心を気遣ってる。
・・・本物の馬鹿だ。


そして、


「もういい」

「え・・・」



「もうそんなのどうでもいいから! 言えよ!!」





俺も、相当馬鹿だ。





「・・・どうでもいい・・・って・・・」

「なんで俺のこと気遣ってんだよ!? 俺はあんたを殺そうとしたのに・・・なんでっ・・・」


続けたい言葉もわからない。


「・・・いいから、言えよ」

「・・・それは、」

「言えって! あんた本当は・・・」


現実に絶望を感じた、俺ですら無意識に望んだ。





「本当はあんただって生きたいんだろ!?」





【 生 き た い 】 。










望んでいるから、死ねないんだろう?










驚いたように、瞳を大きく開いて。
その表情に、本当に俺より年上なのかすこし自信をなくした。


次第に、ゆっくり溢れるその涙。
それを認めて、俺はその身体を抱きしめた。
見た目からもすでに細いが、抱きしめると、それが更に印象付けられる。


「・・・言えよ・・・言っていいから・・・」





強く。

強く。

もう信じないと嘆いた神に、祈る。





背中に感じられた、布越しの体温。
腕が回されたのだと知る。


「・・・き、たい・・・」


蚊が鳴くような、か細い声。
それでも、口の間近にある耳は、ちゃんとそれを捉えて。





「・・・生きたい・・・本当は・・・みんなと・・・」





ぎゅっと、力が込められる。 強いのか、弱いのか、わからない強さに、頼りなさを感じる。





「一緒に・・・・・・・・・・・・幸せにっ・・・」





・・・ささやかな、ともすればちっぽけな願い。
人間なら、誰だって持つような、単純な気持ち。

やっと聞けた本音に、どこか安堵する自分。


遠くて、遠くて。
なんだか、こいつがあまりにも遠い存在に思えて。

そんなはずないって思いたかった。
そうじゃないんだって感じたかった。


なんでこいつがこんな風に想いを閉じ込めたのかわからないけど。


聞こえてくる、押し殺したような泣き声。
まるで罰に耐えるように、しがみつく手。

なんで、こいつだったのだろう。

そんな疑問に答えられる存在は、存在しないとわかっている。
しかし、それでも思わずにはいられなかった。


そっと、体の距離をとり、改めてそいつを見た。


辛そうに歪められた眉。
涙で濡れた綺麗な瞳。
瞳の横の、幾筋もの涙の後。
床に散るその髪の毛。

・・・こんなにも儚く、弱々しいのに。


薄く開いていた唇に、誘われるように重ねる。
初めて触れた他人の唇はやわらかくて・・・あたたかかった。

すぐに離したら、


「・・・どう、して・・・」


驚いたんだろう。
そりゃ驚くだろう。
突然されれば、恋人でもなきゃ驚いて当然だ。

呆然と呟かれるそれに、まだ答える言葉が見つからなかったから、


「黙って」

そう言って、もう一度触れた。
これもすぐに離した。

抵抗らしい抵抗はない。
背中に回された腕も、そのまま。


何を思っているのだろう。

そういえば、俺はこいつの名前すら覚えていない。

・・・知りたい事が、たくさんある。


だから・・・っていうのも多分おかしい。
だけど、理由なんて見つからなくて。

わからないまま、何度も何度も触れて。





自然と、思った。










ああ、俺はこの人を殺せない。



















朝比奈ゆーり様から頂きました、「俺はこの人を殺せない」ですv
シンの葛藤と言葉にじーんと来ました・・・切ないです・・・切ないです・・・(感涙)
ちゃんとキラが本当は生きたいと願っている事を解ってくれて・・・。
素敵な小説、本当にありがとうございましたっ!

さぁっ、このまま「僕が奪ってしまったのに」をどうぞ!




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